はじめに

私は基本的にコンテンツの消費者である。ブログをやってはいるもののこのブログもミリオンライブに関わる時事ネタやアンケートのまとめ、はたまたリリイベのレポートと場所と時間さえあれば誰にでもかけそうな内容をそれっぽく書いている。

そんな私が自分のことを表現者だというのはおこがましいにもほどがあるので、表現者の真似事をしてみた身としてこの半年以上で感じたことを書いてみる。

記事を書くようになって気づいたこと、新たに得た視点は沢山ある。その中でも大きいと感じているのが次の3つだ。

まず1つ目、自分の思ったことを形にする行為が難しい。

次に2つ目、形にしたものを他人に伝えたかった形で伝えるのはとても難しい。

そして3つ目、だからこそ伝えたいことが伝わった時に苦労した以上に嬉しくなる。

自分の思ったことや感じたことを私の場合には文に起こす。初めてブログの記事を書いた時、私は文章を書いては消してを繰り返した。そして出来上がった文章を見て全部消した。理由は簡単である。あれだけ苦労したのに何がいいたいのかさっぱりな文章だったからである。

普段顔を合わせると「それな!」「エモい」で済ませてたことやその場の雰囲気で表せてることが、いざ文章にするととても醜い。こんな堅苦しくない!でもこれじゃ軽すぎる!!なかなか自分のいいたいニュアンスを適切に表す言葉というものが出てこないのである。与えられている語彙から選ぶ文章でもこんなに大変なのである。1から線を引くイラスト描きの人や自分の全身全霊をかけて無から有を作り出す役者がいかに大変なのか、その一端を垣間見た気がするが私には想像も及ばない世界だと思った。

そしてそうやって苦労して書いた文章を他人に伝えることはとても難しい。それは育った環境や過去の経験などで同じ単語でも人によって感じ取るニュアンスが異なるからである。例えば「面白い」というありふれた単語でも、笑いを誘うものなのか、知的好奇心をくすぐられるものなのか、さらには一風変わっているものなのか…文脈で制限はできるものの読み手が100人いれば100人とも全く同じ受け取り方はしないだろう。おそらく日常でよく使いがちな言葉ほど多彩な意味があり、意図と異なって伝わってしまうことが多い。

人に伝えることが



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