いつか必ずくる終わり

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コンテンツには必ず終わりがくる。
2日間参加したアイマスのプロデューサーミーティング2018で1番印象に残ったことである。
初日の765プロについてで「10年以上続いたこと、これからもずっと続きそうなところ」という意見にたいして中村さんがその願いとは違うかもしれないけれど、と前置きした上で「次があるかどうかはわからない、だからこそその一瞬を最高のものにする」(意訳)と行ったことも、今日の沼倉さんの「まだまだ765プロでいたい」という叫びも、明らかにコンテンツの終わりが存在するということを意識した上での発言である。

コンテンツにとって、終わりとは避けられないものである。タモリさんが健在である限り続くであろうと思っていた「笑っていいとも」ですら終わるのである。
確かにドラえもんやサザエさんなど数少ない例外もあるが、それですら小さくない変更を経て今に至っているわけで、現状でキャストの変更をしてまで765プロやミリオンライブが続くとは私は思わない。

私が考えるコンテンツの終わりとは大きく分けて3つである。
1つめは私たち消費者がコンテンツを離れていく時、2つめは運営や主催によりコンテンツの終わりが告げられたとき、3つめはいつの間にか新規の動きががなくなり自然消滅したときである。

1つめの消費者の都合による終わりは正確にはコンテンツの終わりというより「私のなかでのコンテンツの終わり」なのだが、これも1つのかたちだと私は思う。
仕事が忙しくなった、注いでいた情熱が他に移った、運営の方針についていけなくなったなど様々な理由があるとは思うが、何らかの理由で自分のなかでコンテンツを終える。私の中では優先すべきは趣味よりも個々の生活だと考えるし、これだけコンテンツが溢れているなかでずっと1つのものに集中しているというのはむしろ特異的なのだと思う。人の興味は移ろいやすく、ブームが去ったので他のコンテンツに行くというのはわりと自然な動きだと思う。
ただし、これだけは言いたい。たとえ短期間でも自分が愛したコンテンツにお別れを告げる際に、あたかも自分が悪いのではない、コンテンツが俺を裏切ったみたいな去り方をする人をたまに見かけるが、なぜわざわざ去り際に泥をかけなければ気がすまないのか、私にはまるでわからない。おそらく自分があれだけはまってたものから興味を失ったことを信じたくないのだと思う。たとえそのきっかけが運営との決別だとしても冷静に意見を言えばいいだけであり、なにもかも糞だったみたいな物言いをする必要はない。
もう1つ気になるのが1度コンテンツと疎遠になって戻ってくることを恥ずべきことなのではないかととらえてる人が多い印象がある。それはもしかしたら自分がいない間にもコンテンツを支えてくれていた人たちに対する後ろめたさなのかもしれない。しかし、その支えていた人たちはただ単にそのコンテンツが好きで支えていただけであり、あなたのために頑張っていたわけではない。なので恥ずかしがる必要は微塵もないと思う。むしろまた戻ってきてやったぜ!これから盛り上げていこうな!!くらいのつもりでもいいとすら私は思う。
コンテンツにとって人が多いことはそれだけで+になることの方が多いのである。
戻ってきた人を歓迎こそするが蔑む理由なんてほとんどない。(特殊な事情もあるかもしれないが、前述の後ろ足で泥をかけた連中だけは別です。これについては最下方に赤字で追記有。)
自分で終わらただけでまた始めることはいつだってできるのである。

2つめの運営によりコンテンツの終わりが宣言されるとき。ゲームだったらサービス更新終了、ライブだったらグループの解散などがこれに当たる。
私の頭のなかではGREE版ミリオンライブのコンテンツの終了を告げられたときのことを今でも思い出す。ミリシタのFTイベントで10位争いをしていた最終日の正午にその知らせは突然来た。
さっきまで順位をまくるために必死にイベントを走ってたことなど忘れて、ただひたすらに込み上げてくるものをどこにぶつけたらいいのかわからない思いで一杯だったし、実際に泣いた。
そのあとイベント走りっぱなしで疲れてることなど忘れて都内に繰り出して朝まで飲んでたのを今でもよく覚えている。
しかし、考えてみるとコンテンツの終わりを明確に告げてもらうというのはある意味幸せなことなのだと今だから思える。
生命の終焉と異なり、ある日突然いつの間にかなくなっていたということがないからである。
事実、私たちはグリマスの終わりを告げられてから最初こそ受け止めきれていなかったものが、悲しんでいても終わりは来てしまう、ならば精一杯俺らが愛したコンテンツを楽しみ尽くそうではないかと前を向くようになった。あるものは心行くまで担当アイドルのスクショを取り続け、またあるものは最後に自分のいた痕跡を残そうと週間ランキングに精をだした。
私を含め一部のものは終わり行くゲームに大金をつぎ込み、せめてもの感謝の気持ちを自分なりに表すことができた
たしかにコンテンツが終わってしまったことは悲しいし今でもつい懐かしんでしまう。しかしコンテンツの終わりを告げてもらえたからこそ、私たちは自分にできる精一杯を尽くすことができたのである。
その気持ちに応えてくれた(と私が勝手に思ってる)運営がなんの利益にもならないけど私たちユーザーを最後までゲームで喜ばせようとしてくれたことを私は忘れないだろう。

3つ目はコンテンツに新規の動きがなく、いつの間にか人がいなくなり、徐々に意識からいなくなってしまう終わり方。
ある意味人の死と同じで1番自然な形なのかもしれない。しかしごく一部の最後まで残ったものにとっては最も非情である。
なぜなら続報がないだけでまだ続くって信じてるという人を作るからである。
漫画や小説、それらを原作とするアニメには明確な終わりがあるのである程度行ったところでもう続きはないだろうと心の準備ができる。
しかしアイドルマスターのような明確な終わりがないコンテンツにとっては線引きがなければもしかしたら続くかもしれない、という一縷の望みが出てしまう。
今日のプロデューサーミーティングでは絶対にこの終わり方だけはしまいとする姿勢が強く感じられた。
次があるかはわからない、だからこそ今を全力で。その先があると信じてるから。
13年も続いてきたアイドルマスターと言うコンテンツはある意味異端である。道中でキャストの変更や後輩ができるなどの変化や展開はあったものの基本的な形は変えていない。
しかし中の人、声優さんが歌って踊ってる現状ではいつか限界がくる。そのためのMRであるように私には感じられたし、新しい試みをすることによって滞りがちな流れをかき回そうとしているようにも見える。
そして私たちも心のどこかでは永遠なんてない、ということを何かに触れる折りに気づいている。
終わりがいつからくるからこそ、その輝きは尊いのである。そして一瞬も無駄にできないからこそ私たちも全力で応援をする。
いつかどういう形でかはわからないが来る終わりの日に悔いが残らないように全力を尽くしていきたいと改めて思ったプロデューサーミーティング2018であった。

さてここからは余談であるが寝る時間を惜しんで体調をくずしかけつつもゲームで上位に入ったり、日帰りで台湾に行ったり台風の中の無謀とも言える上海行きだったりを見てのことだと思うが、ガースーさんはどうしてそこまで頑張るんですか?と聞かれることがたまにある。
答えは簡単である。次がある保証がないからこそまた私もそのときにもつ全力を出しているだけである。
もしかしたら今開催されている志保上位イベが最後の志保イベになるかもしれない。今日ライブで聞いた曲は2度と生で聞けないかもしれない。
他人から見たらたかだかゲームに大金を突っ込み、睡眠時間や休日を削ってまでミリオンライブのイベントに行くその姿は滑稽にすら見えるかもしれない。
しかしコンテンツには必ず終わりがやってくる。その終わりの時にあのときああしておけば良かった、と思ってもそんなことは戯れ言にしかならない
だからこそ全力を尽くし、後悔がないようにやりきるのをモットーにしている。
ただし、これは私にできる全力である。頑張り度合いには人それぞれできることがある。自分が楽しく悔いのない範囲で全力を尽くせば私はそれでいいと思っている。(全員が上位狙ってたら私も困ってしまいますね…)
ある人にとっては楽しくても、別の人にとってはそれは辛いことかもしれない。その境界は難しいものであるが、「楽しいことばかりではない」といいつつも「楽しさを積み上げてきた」今日のパフォーマンスを見れば少しくらい頑張りすぎてしまうのも悪くはないのではないかと思う。

もしかしたらそれが次の未来に繋がるのかもしれないのだから。

 

8/6 14時過ぎ 追記

私がコンテンツを悪しざまに言って去ったものを歓迎しないのは端的にいうと、再び去るときに同じようなことを繰り返す可能性が高いからです。
Twitterでコンテンツを悪く言って去った人から戻るとしたらどうすればいいのか、みたいな質問をいただきました。(意訳です)
私は審判者でもなければ運営でもない。ただ自分の意見を表に出すのが好きな1ユーザーですし、正解なんて知りません。
私の中で言えることがあるとすれば、自分があえて悪く言ったそのコンテンツに戻るその理由はなんなのかを考えてほしい、ということくらいでしょうか。
何をしに戻るのか。あらためて決別をしに行くのか、時間がたって自分の不満点が改善されたから様子を見に行くのか…
なんとなく盛り上がってるから戻る、ちょっと面白そうなイベントがあるから戻る。そういう理由であればおそらくあなたはまたその盛り上がりや面白い出来事がなくなったら再び手のひらを反して「ちょっと復帰したけれどやっぱりクソだった」というのではありませんか?
面白そうな時に寄って行くのは構いませんし、私もそういうことはよくやります。おそらく運営側もそういう風に近寄ってくる人を狙って仕掛けているのでそのタイミングで戻ることはおかしなことでは全くありませんし、そういう人が他に周りにもいるはずなので戻りやすいでしょう。私の希望としては、もし興味がなくなって再び距離を置くとしても熱くなりすぎずに客観性を忘れないでいただきたい。事実や根拠のある意見であれば残された者たちもちゃんと受け止めてくれると思います。(本当は運営にその意見を届けたほうがいいと思いますが、コンテンツを離れるものがそこまでする義理はないと思います。)

自分の時間や思い、時にお金をかけたからこそ、離れる際に文句ばかり言いたくなるのはわかります。しかし相手が人だったらそんなこと言いますか?言い返してこないから自分が気持ちよくなるためにコンテンツに悪口を言ってませんか?
相手が何であれどんなときでもそういう風にするのが自分流だという事であれば私は止めません。私はそのような人と仲良くできないでしょうし、少なくない方がそれに同意をしてくれることでしょう。
たかが趣味に何あつくなってるんだ、といわれればそれまでです。しかし他人は自分が思っている以上に普段の言動を見ているものです。
私は趣味を1人で楽しめるほど強くありません。だから私と一緒に遊んでくれる人たちにはできるだけ楽しくいてほしいと思ってるし(時には言い争いもしますが)楽しいが長く続くように多少の努力もするつもりです。
あんまり偉そうなこと言ってると私の周りの人間たちからクレームが届きそうなのでこの辺で筆をおきたいと思います。

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